エントリーNO.400
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蝸牛考

解説文(「岩波文庫解説総目録」或いは、表紙より引用)

蝸牛を表わす方言は、京都を中心としてデデムシ→マイマイ→カタツムリ→ツブリ→ナメクジのように日本列島を同心円状に分布する。 それはこの語が歴史的に同心円の外側から内側にむかって順次変化してきたからだ、と柳田国男は推定した。 すなわちわが国の言語地理学研究に一時期を画した方言周圏論の提唱である。解説=柴田武

発行
岩波文庫 1983年8月10日 第3刷
著者名
柳田 国男 (やなぎだ くにお)  
タイトル
蝸牛考 (かぎゅうこう)  
 
上記著作より、本文書き出し1ページを引用

    四つの事実
 最初に方言の観察者として、まず少なくとも四つの事実が、我々の国語の上に現存することを認める必要がある。 (これ) がまた自分の「蝸牛」を研究の題目として、わざわざ拾い上げた動機をも説明するのである。
 第一に方言量、こういう言葉を新たに設けたいと思うが、日本の方言は全国を通観して、その目的とする物または行為ごとに、 非常に顕著なる分量の相異がある。たとえば松は昔からマツノキ、竹は昔からタケであって、いかなる田舎に行っても日本人ならば呼び方を変えていない。 動詞にも形容詞にも (これ) と同じ事実はあるが、説明が (わづら) わしいから主として物の名を挙げる。 小さな動物で () ってみても、土竜はいずれの土地でもモグラモチか、ウゴロモチかイグラモチかであって、それ以外の別名は殆ど聴かない。 蜘蛛はクモでなければ、クボかグモかキボかケーボと転音するのみであり、蟻はアイ・イヤリ・イラレ等に変わっている他には、 (わず) かにアリゴ・アリンボ・アリンドまたスアリなどとなるばかりで、 異なった名詞は一つもないと言い得る。 其れに反して魚では丁斑魚、其にはメダカ・メンパチのごとく眼に注意したものの他に、なおウルメ・ウキスその他の十種類の地方名があって、 それがまた細かく分かれており、蝙蝠にはイボムシ・ハヒトリ・ラガメ等の、全く系統のちがった二十に近い方言が、いつの間にか出来て相応に (ひろ) まっているのである。


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