上記著作より、本文書き出し1ページを引用
山椒大夫
越後の 春日 を経て 今津 へ出る道を、
珍らしい旅人の 一群 が歩いている。母は三十歳を
こえたばかりの女で、
二人の子供を連れている。姉は十四、弟は十二である。
それに四十の女中が一人附いて、 草臥 れた 同胞 二人を、
「もうじきにお宿にお 著 なさいます」といって励まして歩かせようとする。
二人の中で、姉娘は足を 引 き 摩 るようにして歩いているが、
それでも気が勝っていて、疲れたのを母や弟に知らせまいとして、
折々思い出したように弾力のある 歩附 をして見せる。
近い道を 物詣 にでも歩くのなら、
ふさわしくも見えそうな一群であるが、
笠 やら杖やら 甲斐甲斐 しい 出立 をしているのが、
誰 の目にも珍しく、また気の毒に感ぜられるのである。
道は百姓家の断えたり続いたりする間を通っている。
砂や小石は多いが、 秋日和 に 好 く 乾 いて、
しかも粘土が 雑 っているために、好く固まっていて、
海の 傍 のように 踝 を 埋 めて人を悩ますことはない。
藁葺 の家が何軒も立ち並んだ 一構 が 柞 の林に囲まれて、
それに夕日がかっと差している 処 に通り 掛 かった。
(サイト管理人 注 二行目 ”こえた” 旧字見当たらず)